Biography in Japanese

シンガーでありながら、作曲、プロディースもする多くの才能を持つフランシス ジョッキー(Francis Jocky)は、どこか神秘的な部分を持ちながら独特の歌声で、世界の人々を魅了するアーティストである。パリで育ち、現在はニューヨークに住むジョッキーは 国境のないサウンドを作り上げてきている。彼のファーストアルバム“ミスター ペイン”(”Mr. Pain”)は、音楽界にセンセーションを巻き起こし、彼の素晴らしい才能を世界に知らしめた。ジョッキーの歌を聴く者は増々,彼の魅力にのめり込んで行っている。

彼はU2のボノ(Bono)、スティービー ワンダー(Stevie Wonder)らと共演し、急速にインターナショナルな存在となってきた。

 

フランシス ジョッキーの音楽は素晴らしいポップな歌と、無国籍風な音作り、ソウルフルな様々な楽器の音がうまく混ざり合ったものといえる。彼は幼少時代より音楽を通して自己表現する事を学び、12歳の時にはピアノを弾き始め、作曲も始めた。

フランシス ジョッキーは アーティストとして、素晴らしい二面性をもっている。それはきっと高い教養と音楽のトレーニングの両方によって彼の基礎が構築されているからだろう。彼はフランスのソルボンヌ大学で博士号も取得している。

彼は世界中のクラブ等で活躍する傍ら、イエス(YES )のリードヴォーカル、ジョン アンダーソン(Jon Anderson)など、多くのミュージシャン達ともコラボレーションしている。そのコラボレーションの中で、バンド“ノウ”(”Know”) イーグル ロック エンターテイメント(Eagle Rock Entertainment)によって作られた。フランシス ジョッキー は、そのバンドの評判の高いアルバム モアユー ノウ”(“The More You Know”)において、14曲もの作曲を手がけた。また彼はイーグル ロック エンターテイメントにより“ア トリビュート トゥースティング”(”A Tribute to Sting”)のためのレコーディングをした。また、 イーグル ロック エンターテイメントによる、モダンテクニックを駆使した、南アフリカ音楽のプロデュースを手がけた。フランシスはそのプロジェクトで、“エフジェイ アンド リビング ソウル”(“FJ & Living Soul”)という名前でプロデューサーとして活躍し、アルバム“アンビエント アフリカ”(”Ambient Africa”)がリリースされた時は世界各国のメディアから賞賛を受けた。

彼はジャクソン ブラウン(Jackson Browne), ランディー ニューマン(Randy Newman), そしてスティービー ワンダー(Stevie Wonder) などのモータウン(Mortown)のアーティスト達から多くの影響を受けている。また、彼はシール(Seal) アル ジェロウ(Al Jarreau)などとよく比べられる一方、マイルス ディビス(Miles Davis) セロニアス モンク(Thelonius Monk)などのジャズの巨匠達の影響を濃く反映している。

フランシス ジョッキーはクオリティーの高い、人気のあるコンサートへ参加してきた。彼はカンヌで開かれたMIDEM音楽祭に参加し、モンテカルロでは、天才的音楽家スティービー ワンダーとステージ共演した。そのショーは絶賛され、メディアからは“新旋風”(“The New Sensation”)と賞賛された。それによって、彼はNemo音楽際(Nemo Music Festival)(ボストン音楽際の一部)に招待され、演奏した。また、フランシスはヨーロッパやアメリカの非営利の人権保護団体のサポートにも積極的で、2006年より一年に二度、南フランスのAvevronとパリの伝説的なオリンピアホールで開催される“Tout le Monde Chante”に参加している。その音楽祭の顔ぶれはフランスのエンターテイメント界のそうそうたるもので、彼らは癌と戦う子ども達を支援する非営利団体のために歌で貢献している。

彼の音楽は勿論だが、彼のライブパフォーマンスも素晴らしく、ボノと競演で、彼は“フランシス、君はスターだよと絶賛する。

ジョン アンダーソン、スティービー ワンダー、ボノ、 Jacques Higelin、そして アイザック ヘイズ(Isaac Hayes)らとの競演をする傍ら、彼自身のソロ活動も続けており、彼の二作目となるソロアルバム“サンクティファイド”(“SANCTIFIED”)で、愛について、そして世界の状況や人々の人間性について歌っている。